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龍馬さんの故郷高知から、オーセンティックバー「クラップス」より、地元のこと、
お酒のこと、カクテルのことをお届けします。
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01:18:31
以前にもお話しましたが、私は自分の生まれた年代に非常に興味があります。


それは、なぜ父と母が出会い、私が生まれたかということにも繋がると思います。


父は、旧国鉄の保線区に勤務しておりました。母は高知で少しだけ名が知れたプロレタリア詩人でした。


父も母も、もう亡くなっているので詳しくは分かりませんが、当時としては大恋愛をしたと聞いたことがありました。


私は幼少の頃より、つい最近まで、母方の先祖代々の家に家族と一緒に育ち、住んでいました。
旧家でしたので、古い写真とか、道具がたくさんありました。


でも、小学生、中学生のときの台風の水害被害でほとんどが、無くなってしまいました。
そんな中、父母や祖父母の写真だけは水害に遭わずに今でも、残っています。


その古い写真から、父と母の若いときの写真を見つけました。


父母縮小
(後ろの映画の看板は1947年に公開された、キャサリン・ヘップバーン主演の愛の調べだと思います。
 田舎の高知ではもっと後の時代に高知で公開されたと思います)


その写真からは、青春を謳歌している二人が生き生きと写っていました。

穆忠2
(時代は少しずれていますが21歳の時の父です。1947、48年頃か?写真の裏には高知城にてとあります)


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02:18:59
1990年12月、満を持してのクラップス、オープンでした。


クラップス看板

私は亀山社中を閉店してから、少しの間ですが、高校の先輩が、バーをやりたいので手伝って欲しいといわれ、お手伝いをしたことがあります。


店名は、大法螺カンパニーと言います。


大法螺縮小


このプロデュースを手がけたのが、以前お話をしました自然堂というバーをプロデュースした、泉 順一さんでした。


泉さんの私の出会いはこの時から始まりました。


泉さんには約20ページくらいになる、私がなぜ、新たにバーをやりたいかというコンセプトを記した企画書を手渡しました。


コンセプトワーククラップス


カウンターの動線以外は口出しせず、設計は全て泉さんに任せました。






01:41:51
バディ・リーをオープンして2年目の1988年、平成元年の時、私の所属する日本バーテンダー協会高知支部で、私が音頭をとり、若き会員達が集まり、高知市政100周年記念カクテルフェスティバルを開催しました。

100周年パンプ
(高知市制100周年記念事業のパンフレット)


このフェスティバルは、高知市制が100周年を迎えるにあたって、官民一体となりお祝いしようと様々な記念イベントが開催されました。


高知支部でもこれに参加しようと言うことになり、40歳以下の会員が集まり、今までにはない高知独自のカクテルコンペティションをしようということになり、開催したのでした。



その年同時期に封切られたトム・クルーズ主演の映画「カクテル」を思い描くような、フリースタイルのカクテルコンペションでした。、企画は一年前より始めましたが、当時企画をしたとき、スタッフはトムクルーズのカクテルの映画の内容は誰も見ておらず、同時発生的に高知という片田舎からフリースタイルというカクテルスタイルのコンペティションを生み出したのは私たちの大いなる誇りでした。


現在、この形はフレアティンディングというスタイルで確立されています。




03:00:22
1986年12月に2店目となる、ハードボイルド50'Sバー、バディ・リーをオープンさせました。
当時はあまりなかった地下のバーです。追手筋にあるビルの地下一階に店を構えました。


バディ・リーとは、元来1920年頃から1960年頃にかけて、アメリカのジンーズメーカーLee社が販促用に造った人形を指します。

バディ・リー人形
バディ・リー人形)


それをハードボイルドタッチに替え、架空の私立探偵リーと位置付け、1950年代流行したハードボイルド小説から誕生した、フィリップ・マーロウやリュー・アーチャー、サム・スペードといった主人公の一人として、捉えました。

意味のしては、リー相棒、それはお客様であって、お客様と共にバーを造っていきたいという思いから名付けました。

01:49:00
私は、バーテンダーで組織する日本最大の会、(社)日本バーテンダー協会というところに所属しています。この会は日本を9本部に分割し、その傘下に約80の支部を抱えています。


会員数は約4000人くらいでしょうか。通称NBAと言いますが、この協会では毎年1回、全国バーテンダー技能競技会という、国内最大のバーテンダーコンクールを開催しています。


私はこのコンクールで1984年に創作の部でパールティアというカクテルで優勝したことがあります。
当時、最年少、初出場で創作の部の優勝をかっさらっていきましたので、当時のコンクールの選手からはあまりいい顔をされませんでした。
DSCN1452_convert_20111018024914.jpg


自分でもどうして、優勝できたかわからず、創作優勝と言うタイトルの保持者としてのプレッシャーに押しつぶされそうになったことを覚えております。


それからというもの、毎年全国大会を自費で見学に行きました。今までそれ以降、観に行かなかったのは2回だけです。

プロフィール

塩田 貴志

Author:塩田 貴志
地元高知でオーセンティック・
バーを経営する、高知と龍馬
さんが大好きな、熟年世代の
オーナーバーテンダーです。

Craps
高知県高知市帯屋町1-2-8
℡ 088-824-2771

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